真面目に非常識なことを考える

実践したことを書いています。

助け合いの社会に推移できないか

2年前、自治会の役員をしているときに、会合があった。仕事は何をやっているのか?ということを年配の方に聞かれた。
その人の奥さんはおなじみだが、その旦那であるTさんとはその日が初対面だった。「インターネットやパソコンのテクニカルサポートです。パソコンの使い方なんかを契約ユーザに教えたりするのです。」この当時企業向けのinternet回線24時間監視サービスの業務を行っていた私は、おおよそ間違っていない解答をした。


その方は近くの資料館でボランティアスタッフをしているということだった。
「パソコンのソフトの操作でわからないことがあるんだが、教えてくれませんか? どういうことをしたいかといいますと。。。」説明を始めた。

私は道具の限界を知ることで、うまく使いこなすのが得意だと思っている。
これまでも多種のジャンルのソフトウエアを扱ってきたので、ソフトの機能を調べておおよそ出来ること、できないことの判断から応用まで教えることはできるだろうと思った。
内容は、文字の回りに太さと色が異なる二重の枠で囲みたいということだとわかった。お札を作りたいらしい。


最後まで聞いて「そうですねえ、お持ちのソフトをチェックして、簡単にできるかどうか確認しましょうか。少し時給が高くなるかもしれませんが。」
と冗談まじりに言った。

「年長者からお金を取ろうというんですか。」

と少しあきれたような返事が返ってきた。私はまずいこと言ってしまったなあと少し後悔した。すこし説教になった。
「すいません、一応パソコンの使い方を教えるのが生業なので、ついついお金のことを口に出してしまいました。」と詫びた。


その後、一晩試行錯誤して調べたところ、やはり一般的なソフトだと、Tさんが望むことができないことが判り、メールでその旨説明したら、そのお礼として、ボランティアで勤める資料館の招待券が送られてきた。
Tさんにとって、親しい付き合いをしたい。お互い何か協力し合える関係になりたい。というのが本音だったのだろうと判った。


私も、どうしても報酬が欲しかったわけではなかった。
「プロが教えるんだから」感謝してほしいという傲慢さがあったと思う。


最近良くある、PCの出張サポートサービスであるが、知っている人にとっては1分もかからない内容がよくある。
私が造形屋で働いていた頃、引越し後Macのモニタが映らなくなり来てもらったら、ビデオカードが搭載してあり、そちらに差し込み変えただけで数万取られた。
現在でも出張サポート、設定サービスは安くなったと言っても、幾つかの設定だけで1万〜数千円である。個人ユーザにとってはこの額は経費にすることが出来ないためイタイ。
PC、ソフトウエア会社も理解のないユーザ相手では、苦しいだろう。


値段が全くの無料でサポートが行えないだろうかということを考えてみた。

エンジニアが土日に公営の近所の集会所を無料で借り、教えて欲しい内容、サポートして欲しい内容を予めメールや掲示板、ブログなどで把握し、予約を取った上でサービスを行えば、
■時間(訪問、移動、問診)の無駄が節約できる。
■各メーカ、利用者も助かる
■エンジニアも経験を積める
サービス提供する側もお金をかけずに人助けができて、いいんではないか。


ハード故障や知識不足で解決できない問題であったり、
無償でも「診てもらってアタリマエ」で礼も言わない場合はいやな気がするだろう。
問題としては、そのエンジニアの時間が消費されるのをどう思うか、というのも気になる。

中には、訪問しなければ不可能な内容もあるかもしれない。
その場合は有償でもやって欲しいと、望むのであればやはり何らかの報酬をうけるべきだろう。


前職では、ソフトウエアのテクニカルサポートを担当していた。そのソフトを正しく使用するためには、HDDを追加し内蔵しなければならない。
ほとんどのユーザはそれを理解して購入してくれるが、1人のユーザはどう説明しても内蔵させることが出来なかった。本人もPCメーカにヘルプを求めたが、対象外で拒否された。PC教室の先生もその方法は知らないと言い、電話対応は累計3時間以上かかったが結局は使用できなかった。もし私が訪問サポートすれば10分で作業は完了しただろうが、訪問サービスは行っていなかったし認められなかった。
退職時に、辞めるのでもし希望であれば無償で訪問して作業しますよとメールをしたが返事はまだない。