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真面目に非常識なことを考える

実践したことを書いています。

人間は高等生物なのか?

NHKのプレミアム10でサイボーグの実現について特集があった。
サイエンスが進歩して、最終的にどこへ行き着くんだろうって考えると、単純労働的な作業は大幅に不要になって飢えが無くなり平和と共存社会が実現ってことになり、お金が不要になって、欲しいもんが何でも手に入るような社会が実現したら、
次に何に価値が求められるようになるかって考えると、俺は人を喜ばせたり、役に立つ行為の積み重ねあたりが価値(富の代わり)のあることになるんじゃないかって思う。(宗教的な感じになってしまいますねえ)


なんとなく、言葉の多様性や社会の複雑さ、動物的な欲あたりがあらゆることを分かりにくくしているような気がしてならない。

言いたいことが良く分からない長文や、偉そうな文を書いてみたり、
息吸って食って寝て排泄して繁殖してれば生き続けられるのに、それ以外のことを義務としたり、
人のジャマをしてみたり、
そういう行為を行うことが確実な進歩につながってるのかい?
難しく考えているだけじゃないの?って思う。


今のところ、人間に生まれて良かったって確かに思うけど、イルカに生まれたらアンハッピーなんだろうか。
イルカは、どの大海に住む種類も同じ言葉で通じ合えているのであれば人類より高等なんじゃあないか? お互いを殺す道具も造っている訳でもないし。


人間は高等生物で最も脳が発達していると言われているが、ただ道具を造る能力が優れているだけであって、そうでもないんじゃないかとふと考えてしまった。


時々ニュースでイルカが浜辺に集団で打ち上げられたというような事件が報じられるが、人間でも練炭を使った集団自殺や家族を道連れにするのと同じような意図がはたらいて、イルカ社会でも人間並みに色んな事情や感情があってイルカ達自身が自ら命を絶つことを選んでいるんではないかと思うのである。


以前、品川アクアミュージアムのいるかショーを見に行って、「んー芸が下手糞だなあ」って思ったが、全ての人間が順応性がある訳でもないように、あそこのイルカも餌もらうために仕方なく芸をやっているのかもしれない。


人類以外の生物は、哲学をもっていて進化することを途中で「今のままで充分幸せだよな〜」と止めたんじゃないかもしれない。